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三宅島に生まれサーフィンと出会う。三宅島のリーフブレイクに魅了され
サーフィンにのめり込む。しかし、サーフィンの師とも言える先輩を事故で
失い全くサーフィンをやらない時期もあった…大学入学をきっかけに上京し
平凡な大学生活を送りながらゆっくりとではあったがサーフィンを再開。
そして、この時期にNSSAチャンピオンとなる。
時はバブルが崩壊し、日本の古くからの体制までが根底から覆されるのを目
の当たりにし、ノーマルな社会人として生きていくことが自分に向いている
のか…?自問自答を繰り返しサーフィンの世界で生きていくことを決意。
そしてコンテストに多数出場しプロサーファーを目指し精力的に活動。
そんな時、XANADU、BODYGLOVEウエットスーツのメーカーライダーに抜擢され
自分を取り巻くサポート体制も整いつつあった頃…
サーフィン中のアクシデントによって両ひざの靭帯を損傷してしまい、
プロサーファーを諦めXANADUサーフボードで居候しつつリペアを担当する。
しかし当時のサーフィンブームによりリペアの数は半端ではなく、XANADUでは
手狭となりビル屋上のバラックに移りリペアをこなす…しかしリペアばかりの
日々には目標も何もなく、プロサーファーになることを諦めた抜け殻のような
自分がいるだけだった。そんな時、ダイアナファクトリーでの抱井さん(シェイパー)
との出会いが1つの転機となった。抱井さんのシェイプを見学させてもらった時
「リペアマンよりシェイパーになった方がいいよ」この一言が自分の頭をリセットして
くれた気がする。
その日からはシェイプのことで頭が一杯になりXANADUのボードとのにらめっこが続いた。
「シェイプをしてみたい!」という気持ちは一層強くなり、森井さん、沖津さん、
田中さん達に嫌がられてもシェイプルームの隅っこでずっと見学させてもらっていた。
リペアで作った資金で工具をそろえダイアナファクトリーで生まれて初めてのシェイピング。
森井さん、沖津さんにテイクダウンを教えてもらいながら1週間程かけてシェイプした。
しかしテストの結果は散々でシェイピングの奥深さに洗礼を受け、同時にシェイピングに
どっぷりとはまっていくきっかけになった。「リペアをやりながら他の板を見たほうがいい」
抱井さんからの的確な一言。もう走って走って走り過ぎてビルの屋上にシェイプルームを
作ってしまった…!そして月に1〜3本のテストシェイプをしていた頃に善家氏に出会う。
善家氏とは鵠沼の大先輩で以前からサーフィンしたりビールを飲んだりとつき合いは
あったが深くは付きあえない偉大すぎる人である。何を話していいか解らない…
シェイプルームでの出会いは、まるで面接しているようだった…
もしかしたら面接だったのかもしれない…。善家氏はそれから今日までの
3年間という日々を共に過ごしてくれた。仕上げをする前にチェック。そして仕上げで
チェックしてもらい様々なことを聞き、知り、経験し、そして実践してきた。
「ここがダメ。つながってないよ。ここがこうだと波に乗ったときこうなる。
だからこうしないとダメ。」と本物の一言。
「ボードは武器だよ」とは細井氏の一言。XANADUも同じことを言っていた。
細井氏は自分を応援してくれたシェイパーで道具の使い方を細かく指導してくれた人。
今、主流となっているセミフラットデッキのトータルバランスを作り上げた人でもある。
様々な人との出会いでシェイプの事を少しづつ知り、経験し伝授された技術を自らの
ノウハウとして消化しようやく自分のラインが定まった今、
K-designとして洗練された作品を胸をはってお渡しすることを約束します。
SPECIAL THANKS
抱井保徳さん…Kシェイプ
森井誠一さん…カイウィンドウ、MOSS、ゼブラ
沖津博正さん…オキツサーフボード
田中啓三さん…Qstick、ダイアナサーフボード
善家誠さん…ゼブラ、ゼンケサーフボード
細井義夫さん…Bounded underground surf board 順不同
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